僕にとって「嫌われる勇気」は、劇薬であり良薬だった。~アドラー心理学~

こんにちは!
意識高い系のたくです!!

今さらですが「嫌われる勇気 自己啓発の源流『アドラー』の教え」を読んでみました。
こんな有名な作品、レビューするのもおこがましいと思っていたのですが、こんなに衝撃的な作品はもっとみんなに読んでほしい!と思ったのでご紹介します。

内容を少し紹介しますが、できれば本書を手に取って、端から端まで読んでほしい。自分の考え方が変わる、まさに劇薬です。

最後まで読むと、自分の悩みが軽減されていること間違いなし。自分の考え方が180度変わった。そんな作品です。

アドラーという人物

「嫌われる勇気」というタイトルは、かなり有名になってきていると思います。ですが注目してほしいのは、副題の「自己啓発の源流『アドラー』の教え」というものです。

アドラーというのは、心理学の偉人「アルフレッド・アドラー」という人のことで、フロイト、ユングと並び、心理学の三大巨頭と呼ばれています。

アドラーの思想は、それまでの心理学とは異色の考えを多く持つものでした。
なので他の心理学とは違い、「アドラー心理学(個人心理学)」という分野で、現在も発展しています。


なぜそのアドラーが、サブタイトルにあるように「自己啓発の源流」といわれているのか。それは、いま自己啓発のメンターといわれる著名な人々に影響を与えているのが、アドラー心理学だからです。
例えば、「人を動かす」などで有名なD.カーネギーもその一人です。またアップル創業者のスティーブ・ジョブズも影響を受けていたと言われています。

そんな多くの人が参考にする、このアドラー心理学は、まさに「自己啓発の源流」といえるのでしょう。

そんなアドラーの考えを、わかりやすくまとめたのがこの本「嫌われる勇気」です。

アルフレッド・アドラー(1870-1937)

「嫌われる勇気」の特徴

この作品は「青年」と「哲人」の対話形式で物語が進んでいきます。ここでいう哲人とは、哲学の先生という意味ですね。心理学の関係本にしてはめずらしい形で、小難しいことは書いていません。人の会話を聞いている感じで、自然に物語が入ってきます。

物語は、青年が哲人のもとを訪れる場面から始まります。
哲人が唱える「人は変われる、世界はシンプルである、だれもが幸福になれる」という持論に対して、青年は強い反感を持っています。青年は哲人と議論して、その説は間違っていると認めさせるために訪れたのです。

ですが哲人は、その持論に自信を持っています。青年がどんな反論をしても、キレイに返していきます。その返事にも、青年はどんどん突っ込んでいきます。
それは僕たちが感じる疑問と似ていて、読者はその議論に引き込まれて行きます。この本のすごさはこの緻密な設計かもしれませんね。


次にこの本の目次を紹介します。

目次

第一夜 トラウマを否定せよ

第二夜 全ての悩みは対人関係

第三夜 他者の課題を切り捨てる

第四夜 世界の中心はどこにあるか

第五夜 「いま、ここ」を真剣に生きる

ここでお願いがあります。よーく目次のタイトルを読み返してみてください。

どこか引っかかるところはありませんか?

まず第一夜「トラウマを否定せよ」です。皆さんトラウマという言葉は聞いたことがあると思うし、使ってきたと思います。実際にトラウマがあるという人も多いと思います。

ですがこの本はトラウマを完全否定します。それはもう衝撃です。

次に第二夜「すべての悩みは人間関係」です。皆さんいろんな悩みがあるとは思いますが、それがすべて人間関係だといえるでしょうか?
逆に言えば、人間関係の問題が解決すれば、悩みがなくなると言っているのです。

最後の第五夜「『いま、ここ』を真剣に生きる」です。この言葉、当たり前に良いことを言っているだけのように思いませんか?当たり障りのないいい言葉。自己啓発本などでは、よく登場するこの言葉ですが、この本では重みが違います。

第一夜から第四夜まで、青年と哲人と一緒に議論を乗り越えてくると、ただのいい言葉ではない「人生の核を決める言葉」となるのです。

ぜひこの感覚を皆さんにも味わってほしい。本当にそう思います。

この本からのメッセージ

「嫌われる勇気」を読んだ中で、僕が衝撃を受けた言葉を3つご紹介します。

  • あなたの不幸は、あなたが「選んだ」もの
  • 「人生の嘘」から目を逸らすな
  • ダンスするように生きる

それでは、一つずつ見ていきましょう。

あなたの不幸は、あなたが「選んだ」もの

さて、初っ端から厳しい言葉ですね。この言葉は第一夜「トラウマを否定せよ」の中で出てくるものです。
聞く人が聞けば、顔を真っ赤にして起こりそうな言葉ですね。自己責任という言葉が一時期流行りましたが、人が作る社会はそんな単純なことではありませんよね。

ですが、アドラーは不幸を「選んだ」ものであると断言しています。
人が不幸であるという状態は、その人が望んでそうなったというのです。不幸であることが、その人にとって都合がいいということです。

青年はこの意見に強く反論します。

青年「いいですか、生まれながらの不幸は存在する。まずはそこを認めてください」

哲人「認めません」

青年「なぜです!?」

  「不幸であることを、自らの手で選んだ?そんな話、どう信じろと!?」

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P45

はい。めっちゃ反論してますね。
この本では基本的に、青年はめっちゃ反論し続けます。それは読者が疑問に思ったことを、時に過激に深掘りしてくれています。

ではこの「不幸は選んだもの」という話ですが、その人に降りかかる不幸はその人が「不幸だと認識する」ことで、初めて不幸になります。

例えば、日本という国に生まれて不幸だと感じる人もいれば、幸福だと感じる人もいる。貧乏な家で育っても、裕福な家で育っても、不幸と感じるか幸福だと感じるかは個人の選択次第だというのです。

この話で大事なのは、「何が与えられているかに執着しない」ということです。自分を不幸だと思う人は、自分にないものを数え、ある人が幸福だと思う傾向にあります。
ですが、与えられたもので自分が不幸かどうかを判断してはいけないといいます。

この章で、小説家を目指す男の話が出てきます。

彼によると、仕事が忙しくて小説を書く時間もままならない、だから書き上げられないし、賞の応募に至らないのだそうです。

しかし、はたしてそうでしょうか。実際のところは、応募しないことによって「やればできる」という可能性を残しておきたいのです。

ー中略ー

おそらく彼は、あと5年10年すれば「もう若くないから」とか「家庭もできたから」と別の言い訳を使いはじめるでしょう。

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P55

この例で言うと、彼は
「自分は小説家になりたいのに、時間がないからなれないんだ。時間を作って書けばいいじゃないか?働いているから時間がないんだよ!いいよな、金のあるやつは時間があって。働かなくてもお金のあるやつは、さぞかし幸福だろう」
といった考えでしょう。

ですがこれは、「自分は小説家になる才能がある」といった可能性を消したくないため、自ら書けない環境に身を置いているとも考えられます。つまり、自分の夢が夢のままであるために、不幸を望んでいるということです。

この話に青年はこう言います。

・・・厳しい。先生の哲学は、あまりにも厳しい!

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P56

確かに厳しい話ではありますが、僕は、自分の都合のいいように不幸になる。という話に納得がいきました。

まだ納得できない人も多いとは思いますが、この本は何度も読んでやっと理解できるものだと思いますので、安心してください。僕は4回読んで、やっと納得できました。笑

では次に行きましょう!

「人生の嘘」から目を逸らすな

まず人生の嘘とは、アドラーが作った言葉で、「さまざまな口実を設けて、人生のタスクを回避しようとする事態」のことを指します。

これだけでは、なんのこっちゃですよね。簡単に言うと、「こういった理由があるからこれは嫌いなんだ。と思っていることは、実はそれ自体を避けるために作った理由だよね」ということです。まだちょっと抽象的すぎてわかりにくいですね。笑

ではここで、一つの例を紹介します。

あなたには恋人がいました。それはとても仲が良く、将来の結婚まで考えていました。ですがある日、恋人が浮気したことがわかりました。この一件は許したつもりでしたが、その日からだんだんと恋人のことが嫌になってくる。食器をすぐに片づけないところ、店員に対しての態度が横柄なこと、ほかにもたくさん。こんなに嫌なところが多い人と付き合っていられない。ついに別れることを決心しました。

さて、どうでしょう。よくありそうな話ではないでしょうか?実際に僕も、ある日から急に恋人の嫌なところばかり目についた経験があります。

これが「人生の嘘」です。
この例で言うと、「恋人と付き合い続ける」というタスクを回避するために「日常で感じる嫌なところ」を探し始めたのです。
この場合、浮気するような人とは別れて正解だとは思います。ですが、ほかの場合で考えてみましょう。

あいつはこうだから嫌いだ。あの人のこういうところが苦手だから。といって、何かのタスクから逃げていませんか?
何にしても、嫌なところなんてあるんです。ですが、それが自分の言い訳になってはいけません。

「あの上司、僕にだけ厳しいんだよ。だから僕は出世できないんだ。」

出世することと、上司を結びつけたのはあなたです。人生の嘘をつくことで「誰にでも認められるくらいの実力で勝負する」というタスクから逃げているのです。

ここでも哲人はこういいます。

厳しい言葉でしょう。今自分が置かれている状況、その責任を誰かに転嫁する。他者のせいにしたり、環境のせいにしたりすることで、人生のタスクから逃げている。

ー中略ー

突き詰めて考えると、かなり厳しい言葉です。

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P120

非常に厳しいですね。逃げることを認めず、言い訳は人生を悪い方向に導くという教えです。
ですが、これを聞いてまだ「人生の嘘」をつき続けるかは、あなた次第。あなたが自分の手で現在の状態を維持するのか、なりたい自分に向かって勇気を出すのか。それは「今の」あなたです。

ダンスするように生きる

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのです。

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P266

この言葉は、最終章である第五夜の後半に登場する言葉です。

この言葉だけ聞くと、よく聞く「明日死ぬと思って楽しめ」「人生は一度きりだぞ」といった言葉に近いものがあると思います。
ですがこの意見に納得できない人も多いはず。実際に人は、明日死ぬと思って行動できないですし、目標があってそれに対して行動していくものだと思います。

ですがアドラーはこれを否定します。

未来はどうなるかわからない。だから、「いまここ」に集中して生きることが大事だと。

これに青年も反論します。

目的地の存在しない人生など、あってたまるものか!そんなふらふらした風まかせの人生、誰が認めますか!

岸見一郎、古賀史健著 嫌われる勇気 P267

ごもっともな意見のように思いますが、哲人もここで反論します。

この生き方を説明するために、ここでは登山を例に出して反論しています。
要約すると、

山頂にたどり着くことが目的なのであれば、ヘリコプターで行って、帰ってこればいい。もし山頂に行けなければ、その登山は失敗になる。だけど、登山そのものが目的ならどうだろうか。山頂に行くことができなくても、登山を楽しんだといえる。これは失敗ではない。

といった感じです。
目的を達成することに執着するのではなく、「いまここ」に強烈なスポットを当てて、「いまここ」でできることをする。それこそがこの「ダンスするように生きる」に込められたメッセージなのです。

最後に

トラウマを否定し、未来に向けての目標も否定したアドラーが伝えたいこととは、いったい何でしょうか?

それは、過去にも未来にもとらわれない、「いまここ」の自分がすべてを選ぶことができるということです。

これを聞いて、「いやでも…」と思うのであれば、それもあなたの選択です。
ちょっと怪しい宗教のように聞こえるかもしれませんが、すべてを選んだのは自分、これから起こることを選ぶのも自分だということ。

僕はこの本を読んで、安心しました。
読んでいる間は、ずっと心が痛くて、途中「読みたくない!」とまで思っていました。ですが最後まで読んで、考え方が一変しました。

今自分が逃げていること、他人の責任にしていることと向き合えるのは自分だけ。これからの人生をいいものにするのも自分だけができること。
そう考えると、希望に満ち溢れてきませんか?


この「嫌われる勇気」では、毎ページに衝撃的な言葉が書かれています。この記事一つではとても言い表せないことも。

この記事を読んで、少しでも興味がわいたら、ぜひ手に取ってほしいです。
少なくとも、僕の人生を大きく変えることになった本であることに、間違いはありません。

あなたの人生は、あなたしか決められない。